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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)69号 判決 1983年1月25日

控訴人(原告) 吉江たつ代 外八四名

被控訴人(被告) 国・厚生大臣 外一〇名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら訴訟代理人は、次の判決を求めた。

原判決を取消す。

1  別紙当事者目録中の控訴人目録(一)記載の控訴人らが美容師法一二条の二第一項所定の管理美容師を、同(二)記載の控訴人らが理容師法一一条の三第一項所定の管理理容師を、それぞれ置く義務がないことを確認する。

2  前項の控訴人らとの関係において、被控訴人厚生大臣が昭和四四年二月一五日定めた管理理容師資格認定講習会指定基準及び理美容師資格認定講習会指定基準はいずれも無効であることを確認する。

3  第一項の控訴人らとの関係において、被控訴人各都府県知事は理容師法一一条の三第二項又は美容師法一二条の二第二項に基づく各講習会の指定を行つてはならない。

4  被控訴人各都送県知事は控訴人目録(一)(二)(三)記載の控訴人らが前記管理理容師又は管理美容師を置かないことを理由に理容所又は美容所の閉鎖を命じてはならない。

5  第一項の控訴人らが各都府県知事に対して理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に基づく変更届をする義務がないことを確認する)

6  第一項の控訴人らとの関係において、被控訴人財団法人日本理容美容協会は理容師法一一条の三第二項又は美容師法一二条の二第二項所定の各講習会を実施してはならない。

7  訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。

被控訴人ら訴訟代理人は、いずれも、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張は、次のように補正するほか、原判決事実摘示(事実欄第二)の記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二丁裏六行目及び七行目を、次のように改める。

「一1 別紙当事者目録中の控訴人目録(一)記載の控訴人らは美容師であり、控訴人目録(二)記載の控訴人らは理容師であり、控訴人目録(三)記載の控訴人らは理容師又は美容師である。

2  また、控訴人らは、いずれも、昭和四三年九月一〇日(後記本件改正法施行の日)以前から理容師又は美容師であり、かつ、二人以上の理容師又は美容師による理容所又は美容所を開設営業してきているものである。」

2  同一〇丁表七行目の「、滋賀県知事」を削り、同九行目の「請求原因一」を「請求原因一1」と改め、同行の「認める。」の次に「同一2の事実は不知。」を加える。

3  同裏一行目の「請求原因一」を「請求原因一1」と改め、同行の「認める。」の次に「同2の事実は不知。」を加え、同七行目から同一一丁表三行目までを削り、同四行目冒頭の「四」を「三」と改める。

4  同一二丁表五行目の「原告らのうち」から同裏五行目の「なかろうと」までを、「前記のように、控訴人らはいずれも昭和四三年九月一〇日(本件改正法施行の日)以前から理容師又は美容師であり、かつ二人以上の理容師又は美容師による理容所又は美容所を開設してきているものであるから」と改める。

5  同一三丁表八行目の「理容所又は美容所」から九行目の「されることが」までを「その開設する理容所又は美容所に対して閉鎖命令が発せられることが明白に」と改める。

三  証拠関係<省略>

理由

一  請求の趣旨1及び4の訴えについて

1  本件改正法(昭和四三年法律第九六号)により、昭和四八年一月一日以降、理容師又は美容師(以下「理美容師」という。)である従業者の数が常時二人以上である理容所又は美容所(以下「理美容所」という。)の開設者は、当該理美容所ごとに管理理美容師を置かなければならないこととされ(理容師法一一条の三、美容師法一二条の二、昭和四六年法律第一二八号により改正された本件改正法附則二項)、その違反者に対し、都道府県知事は当該理美容所の閉鎖を命ずることができ(理容師法一四条一項、美容師法一五条一項)、更に、右閉鎖命令に違反した者に対しては刑罰が科されることとなつた(理容師法一五条三号、美容師法一九条三号)。そして、管理理美容師は、免許を受けた後三年以上理美容の業務に従事し、かつ、厚生大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の課程を修了した者でなければならない、と定められ(理容師法一一条の三第二項、美容師法一二条の二第二項)、厚生大臣は昭和四四年二月一五日指定基準を定め、昭和四三年控訴人日本理容美容協会が設立され、都道府県知事は同協会を前記講習会の実施機関に指定し、同協会による講習会が実施されていることは明らかである。

2  本件請求の趣旨1は、控訴人等に理容師法一一条の三、美容師法一二条の二に基づく管理理美容師を置く義務のないことの確認を求めるものであり、その趣旨は、控訴人らは、いずれも本件改正法が施行される以前から理美容師であり、かつ二人以上の理美容師による理美容所を営業してきた者であり、本件改正法の施行以前は管理理美容師を置かないまま、営業を継続し、また他に二人以上の理美容師による理美容所を新規に開設することが出来る法的利益、地位、もしくは既得権を有していたところ、右各規定が二人以上の理美容師による理美容所の開設者に対し管理理美容師の設置義務を課したことは、右のような控訴人等の法的利益、地位、もしくは既得権を直接侵害するものであり、また、本件改正法による管理理美容師制度に反対する控訴人等の開設する理美容所に対して閉鎖命令が発せられ、又は同人等の他所での理美容所の新規開設届が不受理となることは、現実、明白なところであり、しかも右のような処分のなされた後においては控訴人等は回復し難い重大な損害を蒙るから、事前に、控訴人らに右管理理美容師の設置義務がないことの確認を求めるというのである。また、請求の趣旨4の訴えは、同様の趣旨で、事前に控訴人都道府県各知事に対し閉鎖命令を発することの禁止を求めるものである。

しかし、当裁判所も、請求の趣旨1及び4の訴えは、いずれも不適法として却下すべきものと判断するのであり、その理由は、次のとおり補正するほか、原判決一六丁裏一〇行目から二〇丁表二行目までと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一六丁裏一〇行目の「右各規定は」を「理容師法一一条の三及び美容師法一二条の二の各規定は」と改める。

(二)  同一七丁表七行目の「ものである。」の次に「(なお、右各規定が定められる以前には、控訴人等において、管理理美容師を置くことなしに、理美容所の営業を継続したり、他に新規に理美容所を開設したりすることが可能であつたのであるが、右のような可能性を有している状態をもつて直ちに控訴人等の具体的な権利とはいえないから、前記各規定により管理理美容師の設置義務が定められ、右可能性が奪われたからといつて、控訴人の具体的な権利が侵害されたということはできない。)」を加える。

(三)  同一九丁裏七行目の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「控訴人等が当裁判所に特に考慮を求めていた諸点について、附言する。

(1) 薬剤師の薬局開設について、旧薬事法(昭和二三年法律第一二九号)はいわゆる登録制をとつていたところ、新薬事法(昭和三五年法律第一四五号)はこれを改め、いわゆる許可又は更新制をとつたのであるが、最高裁大法廷昭和四一年七月二〇日判決(民集二〇巻六号一二一七頁)は、薬局を開設する薬剤師が行政事件訴訟特例法により提起した、開設許可又は更新を受けることなく薬局営業を継続できることの確認を求める訴えを適法とした。控訴人等は、右判例の趣旨によると本件請求の趣旨一の訴えも適法であると考えるようである。

思うに、右薬局に関する事案においても、右不許可又は更新されないこと自体を争えば足り、右訴えのごとき基本的な権利関係の確認を求める必要もないとも考えられる。しかし、控訴人等はいずれも二人以上の理美容師による理美容所を開設している者であると主張しているところ、その当面の問題である理美容所の営業継続と右薬局営業の継続とを対比して考えて見ると、理美容所については、本件改正法による管理理美容師設置義務を懈怠した場合、閉鎖命令という別個な行政処分がなされて始めて営業が出来なくなるのに反し、薬局営業については、新薬事法による更新を受けない場合は当然営業は出来なくなるのであり、各法の定める義務と各営業者の地位との関係は、その直接性、重要性において、差異があるのであるから、薬局についての右判例を本件の先例とすることは適切でない。

なお、控訴人等は、同人らにおいて管理理美容師を設置しない場合、都道府県知事は一義的に控訴人等に閉鎖命令を発すべきこととなり、その間に裁量の余地はないから、管理理美容師設置義務の存否と営業の能否は直接的な関係にあるという。しかし、閉鎖命令を発するか否かについて知事に裁量権が全くないとは解されないし、事実、本件改正法施行後今日にいたるまで閉鎖命令が発動された事跡はないのであるから、控訴人等の右言分は採り得ない。仮に控訴人等の右言分を採つたとしても、閉鎖命令という処分が介在して始めて営業ができなくなるのであるから、事前に一般的に前記義務の不存在確認を求めることは、矢張り許されないというべきである。

(2) 控訴人等は、いわゆる予防的不作為命令訴訟について適法とした裁判例を多数引いて、本件請求の趣旨4の訴えの適法性を根拠付けようとする。しかし、本件に適切な先例はない。

(3) 控訴人等は、本件改正法が二人以上の理美容師による理美容所について管理理美容師を置くことを義務付けたため、ある者は止むなく一人による営業をし、ある者は新規理美容所の増設をあきらめ、ある美容所は不測の費用の支出を余儀なくされ、また、多くの者が前記講習を受けるため時間と費用を浪費させられている等管理理美容師制度が重大な弊害をもたらしていることを強調する。

しかしながら、右のような事実をもつて、本件請求の趣旨1の訴えを適法なものとする前述の特別の事情、同4の訴えを適法なものとする事情といえないことは明らかである。

二  請求の趣旨2、3、5及び6の訴えについて

当裁判所も、右各訴えはいずれも不適法であつて却下すべきであると判断するものであるところ、その理由は次のとおり附加するほか、原判決二〇丁表三行目から二三丁表二行目までと同一であるからこれを引用する。

原判決二一丁裏八行目の「はない。」の次に、左のとおり附加する。

「管理理美容師であるためには、厚生大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の課程を修了しなければならないのであり(理容師法一一条の三第二項、美容師法一二条の二第二項)、厚生大臣は右基準を指定し、都道府県知事は日本理容美容協会を右講習会の実施機関に指定し、同協会による講習が実施されているのであつて、右講習を受講しない限り管理理美容師となり得ないのであるから、右指定基準の設定、講習会の指定、講習会の実施は、管理理美容師となることについて密接な関係ある行為であることは控訴人等のいうとおりである。しかし、そのことから直ちに右指定基準、講習会の指定を抗告訴訟の対象となる控訴人らに対する行政処分であるとか、講習会の実施を目して禁止を訴求出来る対象となる行為であるということはできない。けだし、右各行為は、直接控訴人らの権利義務に効果を及ぼすものではないのであり、そもそも管理理美容師となりうる資格をもつこと自体も直接権利義務を生ずる法的地位ではなく、それが理、美容所の開設営業という控訴人らの利益に現実に影響するのは、前述の閉鎖命令又は開設届不受理との関係においてのみであるから、閉鎖命令の発動又は開設届の不受理という処分について訴え提起の途が開かれていれば、指定基準、講習会の指定、実施等を争えなくても国民の権利の保護に欠けるところはないと解されるからである。」

三  以上のとおりであり、原判決は正当であつて本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田尾桃二 内田恒久 藤浦照生)

別紙当事者目録<省略>

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